「アートで稼ぐ」のは不純?

LBERAL ARTS(芸術教養)

僕は金額の話を美術学校でもするので、かつては僕の授業を聞いた学生たちの中に
「山本先生は不純だ」
と思っている人もいました。
-中略-
(日本の)美術界全般に、
「(アートは)あくまで 趣味と教養のためだけにある」
という空気があるから、
美術大学でお金の話をすると「山本先生は不純だ」
っていう人が出てくるわけです。
だからその生徒さんに「君の学費は誰が払っているんだ」
って言いたい。
自分で払ってるんだったら僕に不純だと言ってもいい。
でも、親が払っている学費でそれを言ってはいけない。
あなたは将来、この学費を親に返さなきゃいけない、世話をするなり何なりして。
そのためには、ここで学んだ学費分だけ
しっかり貨幣価値に転換しないといけない。
でも、誰もそんな発想にはならないんです。
おそらく教育に問題があるからでしょう。

〜東京画廊 山本豊津 お金とアートより〜

こんにちは。
一社)日本アート教育振興会BCA【表現者ビジネスカレッジ】
の三尾(みお)です。

山本さんがおっしゃること、共感します。
これはなにも学生だけに限らないとおもいます。
美術業界だって、お金がなければ、
成り立たないわけです。
お金は目的ではなく、目的を達成するための
道具です。
されど、その道具であるお金がなければ、
続けるべきものも続けることができない。
だとすれば、
お金を稼ぐことを不純だ、、、
芸術は高尚だ、、、

とするのは、
都合の良い幻想的なお話だなと僕も共感します。
これは、
営利目的の商売とボランティア活動との比較でも
言われることがあります。
商売は汚くて、ボランティアは綺麗なこと、、、
と。
それも幻想的なステレオタイプの思考ではないでしょうか。
ボランティアだってどこかのお金を持っている人が
援助的にお金をだしてくれるから、できるわけです。
お金がなかったら、ボランティア活動だってできません。
商売だってほとんどの人たちは、社会の人々に貢献しようと、
日々身を削ってより良くしようと頑張っていますよね。
むしろお金をいただく以上、一定のクオリティを求められるので
必死で良きものを作ろうとしています。
だから、
商売とボランティア、アートでお金を稼ぐ人、稼がない人
に人間的な優劣はないはずなのですが、
どこかからの植え付けで
お金を稼ごうとするのは、不純で、よくないもの、、、
といったマインドがありますよね。ブロックというか。

そのマインドは、外した方がいいですよね。
お金があるから、
質もあげられるし、継続もしていけるわけです。

だから、
あなたが、たとえアーティストを目指していたとしても
継続してアートをやっていきたい世の中の人たちにもっと知ってもらいたい、アートを仕事にしたい、
そうお思いでしたら
お金を稼ぐ方法を、、、つまり、
お金を払ってもらえるだけの価値の作り方も伝え方といった
ビジネス的なことも、
学ぶ必要があるのではないかと思います。
もちろん、作品やあなたに純粋な芸術的価値がある、、、
それも間違いありません。
でも、その活動をやり続けたり、もっと人々に知ってもらうには、
お金を稼ぐことが必要なのではないでしょうか。
目的としてのお金ではなく、道具としてのお金
という意味で。

あなたの活動がより繁栄することを祈っています。
今日もお読みいただきありがとうございました。
三尾洋介

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三尾洋介

1977年生まれ。飛騨高山出身。 大学では経営学を専攻し、卒業後は視野を広げるため多民族国家であるオーストラリアへ。 1年間過ごしたオーストラリアでは、様々...

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